徒然漫画録『ラブひな』 ~私の性癖、それが私を強くする(しない)

徒然漫画録『ラブひな』 ~私の性癖、それが私を強くする(しない)

たまに「なんで今さら?」という作品の感想を書くのが私です。
でも読んじゃったんだもの、書くしかないじゃない。
ということで、今回は
赤松先生の代表作『ラブひな』の感想です。

ラブひな表紙

……とてもラブコメの感想とは思えない文が並びます。

今さらストーリーを説明するまでもないでしょうが、
さらっと書いておきましょう。

「アイしあう二人がトーダイってとこにはいるとね、
シアワセになれるんだって」
小さい頃にある女の子と、
一緒に東大に入ろうと約束した主人公、浦島景太郎。
しかし受験はうまくいかず、すでに二浪の身。

そんな彼はとうとう家を追い出されて、
祖母の経営する女子寮の「ひなた荘」の管理人を務めることに。
成瀬川なるはじめ、不信感を抱く女子たちとうまくやっていけるのか?
そして、東大入学と約束は叶うのか?

――という。
漫画自体は公式に無料なのでお読みください。
夜が吹っ飛びます。
https://www.mangaz.com/book/detail/101

さて、この物語はラブコメであり、
浦島景太郎と成瀬川なるの恋の物語です。
一話目を読めば多くの方は察するのではないでしょうか。
その二人の成長がこの漫画の大きな柱にもなります。

でも私が好きなのはそこではありません。
じゃあ、何が好きかって?

青山素子です。
彼女、本当、好き。
……普通に気持ち悪い文ですが、
私をある程度知っている人なら、理由はわかるはず。
いや、わかってくれ!

彼女もヒロインの一人で、武人版大和撫子です。
神鳴流という武道の跡取りとして期待されています。
彼女には姉がおり、作中で一二を争う強さを誇るのですが、
その姉よりも才能があるといわれる強さです。

しかしながら、彼女は武人としての強さを追い求めるばかりで、
惚れた腫れたの世界とは一切関わりがありませんでした。
尊敬する姉が夫とキスをするところを見たショックもあったでしょう。
でも、彼女はラッキースケベ男、景太郎によって徐々に変わります。

最初はスケベ景太郎を拒絶していた彼女ですが、
時折見せる彼の優しさや心の強さに触れることで、
少しずつですが内心で彼に惹かれていきます。
最初はそんな気持ちがあってたまるかと、
自分を否定し、葛藤します。

それでも景太郎と色々な出来事を経て、
武道だけが自分の世界ではないと気づき、
最終的には景太郎への好意を認めるようになります。
「武人流ツンデレ」ですかね。

そういう強さももちろん好きです。
でも、なにより私が好きなのは、彼女の脆さでした。
(『リズと青い鳥』でも似たようなこと書いてます?)

確かに彼女は武人として強いです。
景太郎のラッキースケベの鉄拳制裁に始まり、
宙を舞う木の葉を正確に切る技術力、
それでも修行を忘れないひたむきさ。
武人としては理想的な姿です。
けれど、彼女のアイデンティティはそこにしかない。

そして作中で彼女は何度か姉に負けます。
それどころか自分が軽蔑していたはずの景太郎に
(偶然が多いですが)負けることもあります。
そんなときに彼女の心は折れ、
もう自分に存在価値はないとひなた荘をあとにします。

その心が折れたときのコマがね、
非常に美しいんですよ。
(なぜか)服が破けて(なぜか)大事なところだけ布が残りますが、
それ以上にこんなに綺麗に心が折れた描写をするか、という思いです。

もはやこれは私の性癖みたいなものですが、
美しくて才能がある女の子が挫折を味わうときの感じ、
たまらないんですよね。
で、こういうシーンを見たときに思うんです。

「私がこの子を救わなければ」

本当もう、ただのHentaiですな、私は。
景太郎……エロガッパどころじゃない。
でも私は自分に正直でありたい。

というのも、私自身の信念でもあるのですが、
挫折したその先にある強さや美しさを見たい。
だから挫折したシーンも好きなんです。

思えば昔っから私はそういうところがありました。
『うみのもり』の蓮子がとことん落ちていっても、
最終的には自身の気持ちに気づいて――というふうに書いています。

『リズと青い鳥』の希美もそのパターンです。
彼女は奏者としての道には進みませんでしたが、
自身のあり方に気づけたことで強くなったように見えました。

『ラブひな』もそうですね。
主人公景太郎含め、多くのヒロインが何らかの挫折を経験し、
そこから立ち直ってより魅力的な人間になる様子が描かれます。
でも、ほとんどが落ち込み方としては――まあ、普通というか。
景太郎やなるは逃避行の旅という、現実的な選択をしています。

でも素子は違います。
自身の存在価値、極端にいえば
生きる意味を見失うほどの挫折だったように見えました。

私自身はそういう生き方をできるのか?
はっきりいいますけれど、絶対無理です。
私はみっともなく海外逃亡でもして野垂れ死にます。
そもそも、私は素子ほど何かに恵まれた素質もありませんから、
心の折れ方もぜんぜん違うと思います。
私の挫折感は、シャー芯が折れるくらいのものです。

落差が大きいほどドラマチックだし、
そこから立ち直ったときの強さもより一層引き立つものです。
だから、私は素子というキャラクターが好きなんです。
そして救いたくなるんです……きっと。

でも、どうやって救えばいいんだろうか?
「この子はきっと現実世界で生きていけない、
私がなんとか救わなくては」という使命感は燃えているのに!
(本当、今回何言っちゃってるんだ感やばいですね)

そんなふうに読み進めているうちにあることに思い当たりました。
そうか、為末大さんの考えならば、彼女を救える!

……ドン引きしないでください。
ちゃんと説明しますから。

ご存知の方も多いと思いますが、
為末大さんは世界の頂点に立つことを夢見て走り続けた、
陸上界の有名人で、ときどき炎上してる方です。
(炎上のことはさておき……)

最近、彼の講演の動画をたまたま見たとき、
こんな言葉が語られていました。

「ブリッジング」。

端的にいうと、ある事象とはまったく異なる領域の事象について、
共通点を見い出しその二つを繋げるということです。
たとえば、野球選手のイチローとビジネスを繋げることや、
ワンピースのルフィとリーダーシップ論を繋げるようなことですね。

それの動画のテーマを思い出したとき、私は確信しました。
「これで素子を救える」――と。

……そろそろ自分でもドン引きしてますが、
私自身にも繋がる話なので続けます。

素子が自身の存在価値を疑うほどに大きく挫折するのは、
彼女が剣の道ひとつにまっしぐらだったからです。
それは強みであると同時に弱点でもあります。
その道が閉ざされたとき、他の道がないわけですから。

しかし最終話においてはまったく変わっています。
彼女は東大生で、道場の師範で、すごい美人の女性で、
しかも小説執筆までしていることが明かされます。

ここまで彼女が強くなったのは、
浦島景太郎によって別の道を見出したからだ、と私は思うのです。
たとえば東大受験という道を示されたように。
あるいは恋する乙女としての自分を知ったことのように。
そして同時に、彼によって気づかされたことを、
また武人としての道にフィードバックしてより強くなっているのです。

それが顕著に現れるのが13巻です。
彼女は姉に思い切り負けてしまうのですが、
景太郎に励まされて「自分が無理して頑張っていた」と気づきます。
そして、自分が本当に楽しんで剣の道を、
東大受験の道を、恋の道を進みたいと決意します。
そうして自分に素直になることで、彼女は自分の強さを手に入れ、
姉へのリベンジで勝つことができるようになったのです。

無意識にせよ意識的にせよ、
そうしたブリッジングによって彼女は強くなってきた。
しかも何度もそういう体験をすることで、
武人としての突出した強さを他の分野でも
より簡単に応用できるようになっていると思います。

だから最終話以降の彼女はもう心配いらないでしょう。
きっと他にも挫折することはあるでしょうが、
彼女はそこから立ち直る術を心得ているはずです。
それが武人としての強さよりもっと強い、
彼女の人間としての強さなのですから。

あれ? 私が救わなくてもよかった?

……まあ、ここまで考えると私にも無関係ではありません。
そもそも、青山素子と為末大さんを繋げること自体、
非現実と現実の共通点を見つけるブリッジングです。

そして、現実世界に生きる私も、
自身の存在価値をなにか一つだけに依存せず、
色々と可能性を探していこうと思うのです。

たとえば友人関係。
ある特定のコミュニティからハブられてしまっても、
他のコミュニティがあれば、そこで生きていけます。
ハブられて気づいたことを、自身の中に活かすことで、
もっといい人間関係を築けるかもしれません。

私の知らない世界はまだまだあります。
自分の居場所は決してひとつだけではない。
そう思えるだけでも、少し強く生きられるような気がします。

青山素子を救いたいという思いは、
結局の所自分を救いたいということだったんですね。
だから私は使命感に燃えていた、と。
そういうふうに皆さんに納得いただきたかった。
少しでも伝われば幸いです。

……が、このコマ、いかんです。
やっぱり、私は女の子が泣いている姿を見るのが好きなのか……?

bantenmaru