徒然ゲーム録『Fallout4』 ~カッコいい演出は自分の心の中に

徒然ゲーム録『Fallout4』 ~カッコいい演出は自分の心の中に

今日はFallout 4のプレイ記録……
ではなく、そのトレイラーにすごく感銘を受けました。
そして、今回の記事はそれが小説にも繋がるかもしれない、というものです。



まず、この動画見てください。


めちゃくちゃかっこよくありませんか?
なにが最高って?

すべてです。

でも、私はFallout 4をプレイしたことがありません。
BethesdaのゲームでプレイしたのはSkyrimだけです。
では、なぜこのトレイラーだけでこの記事を書こうと思ったのか。
それはこのトレイラーの演出方法に感動したからです。

まず、このトレイラーで何よりも目を引く、
というか耳を引くのはBGMです。

最初は古臭いラジオの音楽。
風景も朽ちたリビングに始まります。
でも、その音楽が徐々にFallout 4のテーマにすり替わっていく。
危機感を煽る映像、同時に壮大な音楽へ変わっていきます。
そして、核戦争後の荒々しい世界の映像とともに、
音楽は力強い鼓動を刻み続けます。
でも、最後はもう一度犬と主人公だけの描写に戻り、
音楽とともに静かにしまる。

この映像と音楽のマッチ具合が本当に素敵です。
リズム良く切り替わることもですが、映像の中身と本当ドンピシャ。

Fallout 3のメインテーマは、今回とメロディラインは似ていますが、
最初からどんどん攻めてくる感じです。
それこそ、BOS(ゲーム内の軍隊みたいな組織)が
綺麗な隊列を組んでやってくるイメージ。

でもFallout 4はその逆です。
今作の主人公は戦前の人間で、
核戦争の始まりと同時にVaultに逃げ込みます。
それから長いコールドスリープの間に核戦争が終わります。
でも、同じVaultで生き残ったのは彼たった一人。
そんな彼がVaultを出てみると世界は滅び去っていて、
目の前には荒廃したアメリカが広がっていた……。
最初のラジオはそういうタイムギャップでしょう。

一方で、主人公はこの世界を冒険していくうちに
多くの場所を訪れ、多くの仲間や敵に出会います。
中盤の力強い鼓動はそれを予感させてくれます。
映像も、一人が旅する風景を映し、
徐々にその風景の中に人や恐ろしいモンスターが現れるようになります。

荒廃した風景でも、その世界に彼らが乗ることで、
このFallout 4の世界の豊かさを魅せてくれるのです。
ここで終わってもすごくかっこいい。
Falloutの世界は奥深くて重厚感があり、
血で血を洗うような凄まじい世界観だと感じられます。

でも、私がこのトレーラーで一番好きなのは、
やっぱりラストですね、これは痺れます。

というのも、最後は犬と主人公の二人。
そして、彼らの目の前には長い道が続いている。
壮大な世界を見せておきながら、
最後にはやっぱり主人公が一人であること、
始まりは一人なんだということを痛感させてしまる。
冒険はここから始まるんだと見せてくる。

こういう感じで、物語のラストでありながら、
スタート地点に戻っているというのがすごく好きなんです。
わずか3分のトレイラーでこういう旅をさせるあたり、
Bethesdaは本当にニクい演出してきますね。

もともとFalloutシリーズはそういう演出がうまいと思いますが、
このトレイラーではさらに強化されたと思います。
最後のロゴの登場ともにBGMをバシッと終わらせる。
カッコよすぎますよね、痺れますよね。

それで、もの書きである私もこうしたいと思うんです。
思うんですけれど、私は映像や音楽は作れません。
だから、小説でどう実現しようかなと考えたとき、
もう背景描写でなんとかするしかないと思うのです。

幸いなことに小説はなんでも書くことができます。
映画やゲームより自由な部分もあります。
主人公の気持ちだったり、登場人物の心の中を描けます。
あと映像や音でできないことといえば触覚、味覚、嗅覚。
(触覚や嗅覚は一部の映画館でも体験できますが……)

登場人物と背景をリンクさせる手法が小説にもあります。
それは、背景描写が登場人物の心情を代弁する、という手法です。
これが私にはトレイラーのかっこよさを
真似できる方法だと感じています。
背景と主人公の気持ちをぴたっとマッチする気持ちよさですね。
小説の手法ではありながら、かなり身近な体験でもあると思います。

例えば、私は晴れが好きです。
空がすかっと晴れているのを見ると元気になります。
でも、その日すごく嫌なことがあった、
あるいは嫌なことがこれから待ち受けている日。
明日、仕事行きたくないなあと思っているとき。

そんなときに真っ青な空と白い雲を見ると、
元気なときと風景の見え方がかなり違います。
私の場合、鮮やかさがうっとおしいくらい強くなるように見えます。
自分の気持ちも知らないで、とか、なんでこんなに暑いんだとか。
そしてその色彩の鮮やかさを恨めしく感じるのです。

こういう見え方の違いを小説や文章に落とし込むのは、
意外と大事なことじゃないかなと思っています。

というのは「こういう風景だからこういう気持ちになる」ということが、
逆に「こういう気持ちだからこういう風景に見える」
ということにもなるからです。
風景の見え方で自分の気持ちのあり方を知る、といってもいいでしょう。
心理学的にいえば、メタ認知という言葉なのでしょうか。

まあ、このテクニックのことを詳しく語るつもりはありませんが、
自分が痺れた作品のテクニックを、
少しでも自分の小説の中に生かすことができないか。
そういうことを考えながら映像を見たりゲームをプレイしたりすると、
普段よりもっと楽しく色々な創作を味わえると思います。

bantenmaru