徒然映画録『聖☆おにいさん』 ~飽きるほどの平和にも意味はある

徒然映画録『聖☆おにいさん』 ~飽きるほどの平和にも意味はある

立川。
仕事で行ったことがありますが、何と言えばいいのでしょう。
大きい街なのにビジネス臭が全然なく不思議でした。
ザ・住む街! そうとしか形容できません。
あの二人の聖人はなぜこんなところに住んだんだろう。

ということで今回はアニメ映画版『聖☆おにいさん』の感想です。
呆れるほど、というか本当に飽きるほど平和ですが
こういう平和があってほしいなと思えた作品です。

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最近まったく投稿していないのでお忘れかもしれませんが
私は趣味で小説を書いています、一応。
私は「物語は変化がなければならない」という信念があります。
だから、すべての物語にドラマチックな起伏があり
その起伏に意味がなければならない、そう思っていました。
主人公は物語を通じて何かを得たり何かを失ったりし、
その経験からテーマにつながる意味を持つのだと。

でも、この映画版『聖☆おにいさん』はそうではありませんでした。
むしろその逆をいく作品だったのです。
現代日本の立川で休暇を過ごすイエスとブッダ。
その一年間を切り取っているのですが、
ギャグはあれど物語としての起伏は驚くほど少ない。

映画の最後で二人が得た感想は
「日本にバカンスに来てよかったね」という、
ごくごくありきたりな……一般人的な感想でしかありません。
その言葉に深い意味合いなんてきっとないのでしょう。

それほどに平和。
あきれかえるほど平和。(どこかで聞いたことのある文言)
でも私はこの話が好きになれたのです。
それは、こんな起伏の少ない物語の中で描かれる
ささやかな変化を、細かな描写を愛しく思ったからでした。

まず、二人がご近所さんになじんでいく過程が丁寧でした。
一番わかりやすいのは悪ガキですね。
最初はブッダを宇宙人扱いしていじめていただけ。
いうなれば面白いおもちゃ扱いしている悪ガキです。
でも、秋になってイエスとブッダが旅行でいなくなっただけで、
泣きべそをかくほど寂しがったりする。

あるいは、最初二人を不審者扱いしていたコンビニ店員が、
いつのまにやら服装チェックを楽しみにしている。
些細ながらも人間関係が変化していることを
十分に実感させられる描写がいいのですよ。

次に、二人が些細なことを心から楽しむ様子。
プールに入るのが怖すぎて海(プール)を割ったり、
ケーキを買うのにびくびくしながら遠回りしたり、
水道の蛇口を閉め忘れて落ち込んだり。
二人が宗教の偉大な始祖で「できた」人間のはずなのに、
しょーもないことで泣き笑いする、
このギャップが映えるのではないでしょうか。

最後に、なんだかんだいいながら
二人がお互いをよく理解し合っていることですね。
よく考えればイエスとブッダという組み合わせは、
宗教上対立したり、重なる部分がほとんどありません。
仏教には神はいないし、キリスト教に涅槃はないし。

でも、ブッダはイエスのことやその宗教をよく理解しているし、
イエスもブッダのことをきちんと理解し、信頼している。
だから、お互いの弱いところはカバーしてあげられる。
そういう、重ならない信頼関係っていいな、と思ったのです。

 

こんなあきるほど平和な日常。
うっかり観ている最中に眠くなるくらい。
私はこんな物語の作り方を真似しようとは思いません。
でも飽きるほど些細な日常をもっと愛してもいいかもしれない。
そんなことを思ったのでした。

bantenmaru