感情を辿る旅を文字にすること

少し前『リズと青い鳥』を観てきました。
でも今回はその感想ではなく、
物書きとしての私の思うところの話です。

「エモい」という言葉が前から流行っているのは知っていました。
で、今回の『リズと青い鳥』を観終わったとき、
自分の気持ちをどう言い表わせばいいのかわからなかったのです。

とにかくあの映画は何かを語ることを許さない雰囲気すらあり、
最後の最後まで私は息を詰めて観ていました。
映画館を出て家に帰り、夜遅くにもかかわらず酒を飲んだとき、
ようやく私の中で緊張感から解放されたように感じました。

語るべき言葉もなく、とにかく「観ました」という報告をしたところ、
ツイッターで「エモかったでしょう?」と言われて、
「エモい」というものの意味合いをようやく理解しました。

「そうか、これがエモなんや……」

これほどぴったり来る表現ってありません。
「尊い」とか「マジ無理……」とか近い意味合いの言葉も
そのときになんとなく断片を感じたように思います。

だから、あの映画の感想はそれで終わってもよかった。
このブログでダラダラ書かず、ただ一言。

エモい。

この四文字で投稿してもおかしくはありません。
私の中の真実ですから。

けれど、私自身それを許すことはないでしょう。
私自身の感情は、そんな単純なものではありません。
「エモい」という言葉が様々な感情を混ぜ合わせた状態を指すのなら、
私はどんな感情が混ざり合っているのかを知りたいのです。

どうして私はあの場面であんな風に思ったのか。
どうして私はずっと息を詰めていたのか。
どうして私はこの映画の感想を言葉にできないのか。

物語はその世界を旅すると同時に、
自分の中を旅することだ、と私は思っています。
物語を通じて、目に見えない自分のこころのかたちを知るのだと。

同時に、そういう旅の経験が名前のつけられないものとなって、
自分のこころの中に少しずつ溜まっていく。
それが積み上がってきたときに何かの形が急に見えることがあります。
それは私の頭の中にしかないイメージです。
そのまま放っておけば消えてしまう夢みたいなもの。

消えてしまうにはあまりに切ないと思うとき、
私はそのイメージを文字の連なりで形づくる。
それが私にとってものを書くという行為の原点です。

……

なんか曖昧な言葉でいろいろ書いていますけれど。
つまり、『リズと青い鳥』で何かを書こうかなと。
そういうことを今は考えています。

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