前書き
 
夜伽話 ※18歳未満はご遠慮ください
 


 
 蓮子が目覚めると世界は綺麗な円ではなく、ぺちゃんこに押し潰されていた。
 瞼が重すぎて、数秒と目を開けていられない。けれど、レースのカーテン越しに射し込む朝日が眩しくて二度寝もできない。

「ああ、もう……」

 小さく唸ってうつ伏せの体を反転させて掛け布団を引き寄せた。洗ってから時間が経った感触がざらざらと肌を撫でる。それを頭まで引き上げようとすると、隣で低い唸り声がした。

「ん……蓮子? 起きてた、のか」

 うるさいなあとは思うが、口を開く方が面倒くさいので黙っている。彼女の背後で衣擦れの音が小さく響く。

「七時半か。八時に起きればいいけど、もっかい寝るのも中途半端だしなあ」

 彼のひとり言がして数秒。急に彼女の体がぐいと引き寄せられる。裸の背中に彼の裸の体温が伝わった。

「時間には余裕があるからさ、朝だけどちょっとしようぜ?」

 何がちょっとだ、この獣。
 目をつむったまま蓮子は音もなく舌打ちをする。腰に熱を帯び始めたペニスの硬さが伝わる。彼女が小さくため息をつくと同時に、首筋に唇を押し当てられた。二、三度うなじを舐められると、疼くような感覚が頭のてっぺんまで這い登る。

 また。返事を聞く前に始めちゃって、しょうがない奴。眠いから反応しないでいいか、と黙って狸寝入りを決め込もうとすると、今度は腋から手を差し込まれ、乳房をつかまれた。雑にこねくり回され、先端の突起もボタンを押されるように弄られる。

「うぅん……」

 面倒になって身を捩らせて低く呻き、彼の手から適当に逃れようとする。けれど、彼の頭では蓮子の反応が上々だとスイッチされてしまう。蓮子を抱く腕に力が入り、乳房を弄る両手の動きが少し早くなる。
 私の身体がそんなにいいのかしら。視線をちらと後ろに投げると、彼の黒いショートの髪が汗に濡れ、陽を細かく反射しているのが見えた。首の付け根に当たる息は熱が篭っていた。顔はうまく見えなかった。
 やらせたいようにやらせておけばいいかな。彼の様子を見て、蓮子は小さく息をついて目をつむる。私だって我侭言ってここに置かせてもらってるんだし。

 やがて、彼のものが自分の中に入り込んできた。無意識にそこがきゅうと彼のものを締めつける。彼が小さなうめき声を上げた。蓮子はそれを聞き流しながら、窓の外へ目を向けた。そして不意に思う。
 ほんのり紅い陽の向こうにメリーがいるんだろうな。

 家にはもう二ヶ月帰っていなかった。学校にも通っていない。
 今は若い男の家に転がり込んで、そこでずっと暮らしている。アルバイトもせず、他に何をするでもなかった。何もする気にならなかった。
 メリーとはあれ以来、顔さえ合わせていない。

 それなのに彼に突かれながら、頭の中にはぼんやりとメリーの姿が浮かぶ。いつもこう。みっともない、私って。離れたいからこうして男の腕に抱かれて、処女も失ったのに。
 メリーが笑うときの口元とか、カップを持つ指の白さとか。そういうものが絶頂を迎えるまで、蓮子をずっと包み込んでいる。

 ◆

 あの日から一週間、家から出ないで生きられたことに少し驚いた。空気の澱みが目に見えそうだと思えるほど腐っている部屋でも。とはいえ、一日パン一枚だけの生活に頭が先に限界を迎えた。空腹を感じなくても、始終眩暈に悩まされるようになった。

 眩暈に耐えられなくなり、仕方なく家を出て、近くのコンビニで出会ったのが彼だった。ドアをくぐって目の前に人がいることに気づかず、そのままぶつかって蓮子はひっくり返ってしまった。床に思い切り背中を打ったが、痛みに声を出す気力がわかなかった。

「前、気をつけろよ」

 淡い緑のワイシャツの男が腕をぐいと蓮子を引き起こし、店の外に連れ出した。そして彼女を自分の前に立たせて、顔を覗き込む。

「お嬢さん、ここに何しに来たんだ?」

 正確に答える気にならず、「かいもの」と小さく呟いた。

「財布、持ってるか? 見てみろよ」

 彼に言われるまま、スカートのポケットに手を入れた。無い。うつむき加減のまま、首をかすかに横に振ると、「やっぱり」と「呆れた」が混じったため息が蓮子の鼻先をつついた。

「ろくにメシ食べてる顔じゃないしな。ユーレイみたいだぜ、お嬢さんさ」

 そう言って彼は彼女に背を向けてゆったり歩き始めた。

「ついてこいよ。メシ、おごってやる」

 どうして自分がそのまま彼についていったのか、あまりわからない。とにかく、ふらふらと背後霊みたいに彼のあとについて、大学近くの居酒屋に入って食事をご馳走されて、気づいたら彼の家の居間に座っていたのだ。

「紐付けされた犬みたいだな」

 彼はホットコーヒーを淹れたカップを蓮子に差し出し、自分もコーヒーを啜った。蓮子が野蛮なコーヒーの味に顔をしかめると、彼は少し驚いたようだった。

「悪いけどインスタントコーヒーしか無い」

 まずい。聞こえないくらいの声でそう呟くと、彼は冷たく口の端を緩めた。

「美味いコーヒーでも欲しかったか?」
「メリーなら、淹れてくれた」
「はあ、メリー、ねえ。ま、俺は知らないけど」

 メリーの淹れるコーヒーは本当に美味しい。今でもその味を思い出せる。合成の豆なのにドリップが深く苦いから。その記憶に胸が鈍く痛むが、涙は出なかった。

 彼は私に何も訊かない。
 話そうか、とちらりと思った。メリーと私が喧嘩別れをしてから、一度も会っていないこと。私と彼女がそれぞれ思うこと。けれど、メリーをまったく知らない彼に話したところで何も変わらなそうだったし、多くを語れるように自分の喉が開いてくれない。
 世界は思ったより先がない。黙ってもう一度コーヒーを啜った。

「で? 今日はここに泊まってくのか?」

 彼が立ち上がって寝室へ行く。シャツのボタンを外しながら。
 どう考えたって「する」のよね、と思う。性的な経験でいえば、自慰をしたことはあるし、セックスしたいと思うこともあったが、蓮子はまだ処女だった。
 こういうかたちで処女を失うのはどうなのかしら、とも思い、視線を窓の外へ向けた。
 窓の外は真っ暗だ。ふと強烈な思いにとらわれる。まるで外の闇は私みたいだ。

 しよう。唐突に決意が固まった。

 処女を失う瞬間はひどく痛かった。でも、さらに心に詰まっていたヘドロを突き抜かれ、風穴が開くとその痛みは去ってしまった。
 セックスのあと、彼とキスを交わしながら窓の外に再び視線を向けると、真っ暗な中に見えた闇はもっと深くなっていた。

 そして、蓮子は泣いた。

 ◆

「じゃあ、俺は仕事に行くから」

 ペニスを蓮子から引き抜いて彼は言った。

「家出るなら、鍵閉めてな」

 彼は後始末をしてから蓮子に掛け布団をかぶせ、玄関ドアから出ていった。とうとうキスもしなくなったわね、と胸の内でつぶやいて蓮子は再び目を閉じた。

 最初の行為の後に泣いたのはなぜだろう、と瞼の中で不意に思う。決して処女を失った悲しみじゃない。膜が破られたとき、私は痛みと一緒に救われた感じがして、むしろ嬉しかった。
 メリーと決定的に離れたのを身体で感じた気がしたから? 突拍子も無い言葉が頭に浮かんで、慌ててそれを振り払った。メリーと身体を重ねたことなんて一度もないのに、何を考えてるんだろう。
 ひとつ確かなことは、蓮子がセックスに求めているのが繋がりではないということ。そもそも、自分はセックスに何も求めてない。汚されて捨てること以外には。

 とろりと微妙な疲れが蓮子を再び眠気へ誘う。彼と自分の汗の入り混じった臭いが少し邪魔だけど、もう一度寝るのも悪くない。掛け布団を引き上げ、朝日の中で眠りに落ちた。

 夢がブルーに溶け込んだところで、再び目が覚めた。部屋は死んだように時が止まっていたのに、外はもう赤に染まっていた。十二時間以上寝たのに、まだ瞼は重かった。気づいたらとろとろと目が閉じられている。
 けれど、胃腸が限界だった。きゅうと縮んで軋んだ音を立てる。寝ているだけでも食欲は止まらないらしい。この家には何もないから外に買いに行かないといけなかった。

 体をゆっくり起こして、ぼさっとした髪を後ろへ流し、落ちていたシャツとスカートを拾う。どうせ近所までだし、昨日はたいして汗をかいていないから、またこれでいいか。身につけたシャツがぴったりと肌にはりついた。
 彼の部屋を出る頃には、空が赤と青の入り混じった色になっていた。月がビルの向こうの山から半分顔を出している。月光が目に染みて痛い。

 ぬるい肉まんを買って、コンビニの外で食べ終えた。他に何もする気はなかったので、歩いて百メートル先の彼の家に戻ろうとした。けれど、向こうに朧な人影が見えて、進もうとしていた足が急にいうことをきかなくなった。

 懐かしすぎる。あんまり懐かしすぎて、あの夜に枯れたと思っていた涙が急に湧き出てあふれるんじゃないかと思うほどに。やがて、その影が蓮子の前に立って、ぽつりと言葉を漏らす。

「れんこ……?」

 金色の髪が月の光をバックに揺れて透き通る。体の線が夕日に照らされてくっきり映し出された。綺麗だ、と蓮子は息を呑んだ。本当に、メリーは綺麗。
 その青の瞳に映る私は、こんなにみすぼらしいのに。

「どこに、いたの?」

 泣きそうな声が蓮子の胸を刺した。

「探してたのよ、ずっと」

 一メートル離れているメリーが遠い。なんだか昔に自分と長い時間を過ごしていた人のように感じられない。

「どこにいたっていいじゃない。私の勝手よ」
「なんで、電話にも、出てくれないの?」

 境界を隔てた先の彼女の顔がわずかに崩れる。でも関係ない。

「それも私の勝手。気にしないでよ」
「ばか……!」

 涙声で彼女はそう言い、両手をぎゅっと握ってうつむいた。

「馬鹿、ねえ」

 急に冷静になった頭を掻きながら蓮子はため息をついた。馬鹿なのはどっち、勝手なのはどっち?
 とっくに忘れていたはずの頬の痛みがぶり返して、ちりちりと肌を焼く。頬を引っぱたいて、私の言葉を聞かなかったのはあなたなのに。今になってそんなことを言うのはずるいんじゃないの?
 喉まで出かかった声をぐっと堪えた。今言ったってどうしようもないことだ。

「ばか、れんこ……なんで、そんなにひどい服装してるの」

 涙声が何度も古傷を裂く。メリーが少しずつ歩み寄ってくる。

「私が、悪かったの。あなたの言うことを、聞かなかった私が悪いのよ」

 声は嗚咽混じりになる。

「だから、ねえ、帰ってきてよ……あなた、家にずっと帰らないつもりなの?」

 もう手を伸ばせば触れられる距離にまで来てしまった。
 やめてよ。胸の内で叫ぶ。それ以上は、やめてよ。終わったことをそれ以上ほじくり返さないで。意味がない、私もメリーも傷つくだけ……ただ、つらいだけ。

「ねえ、どれだけ、私が心配してて、つらいのか……あなたにはわかるの……?」
「やだ……!」

 今度は蓮子が小さく叫んで、身を引いた。
 もう思い出したくもない。爛れた部屋の中で、ただ恐れだけを抱いて夢に落ちていく感覚を。
 これ以上、私の心を崩さないで!

「蓮子!」

 彼女の脇をすり抜けて走り出す。どこに逃げようとも思わない、ただメリーから逃げ切れればよかった。

 夕闇に沈んだ街を出鱈目に走った。けれど、メリーも蓮子を追う。近づいたり離れたりしながら、少しずつ蓮子に迫る。
 街灯がまばらな道を横に折れ、古い横道へ入り込んだ。今までろくに動いていなかったせいで、もう息が上がって、目の前がほとんど真っ暗だった。
 そして、あ、と思った瞬間、地面に置かれていた雑誌に躓いて、地面に思い切り体を打ちつけて倒れ込んでいた。

「蓮子っ!」

 メリーがすぐに追いついてきて、蓮子の手に触れた。メリーの手は肌触りがよくて、秋の外気に触れたせいで少し冷たくて、そして気持ち悪い。ぞくりとする。

「触らっ……ないで……」

 蓮子は手を振り払って、地面に横たわったまま激しい眩暈に耐えた。

 しばらくの無音。誰も二人のいる道を通らなかった。闇の向こうで犬の遠吠えが寂しく響き、街の明かりが遠くで灯りはじめた。
 この地はなんて冷たいんだろう。まだ舗装されていないコンクリートに臥したまま、蓮子はぼんやりと感じた。本当に私の隣に立つ人なんてどこにもいない。

 消えたい。不意に忘れていた気持ちを思い出して、吐き気がこみ上げてくる。それを振り払うようにして、ゆっくりと蓮子は体を起こし、メリーに向き直った。

「憎いの」

 考えてもいない言葉が口から飛び出した。泣き顔のメリーが戸惑う。

「え……」
「憎いのよ。あのときから私をこんなに引っ掻き回して」

 小さく笑いを浮かべて、彼女を傷つけようとする心は止まらない。そんな自分が残酷で、嗜虐的。蓮子は体が小さく震えるのを感じる。

「そのくせ、あなたは自分のことしか考えてないのよ……私が心配だって?」
「そうよ、あなたを探しても探しても、全然見つからなくて――」
「そうだね、心配なんだ」

 ゆっくりと足を踏み出して、メリーににじり寄る。まだ眩暈はおさまらなかったが、吐き気は薄れた。

「私が死んだりしたら、あなたのせいだってまわりが思うものね」
「違う、そんなんじゃない!」
「死んでなくても、私が弱ったのが、自分の責任みたいに思えるのが嫌なんでしょ?」
「違う……!」

 メリーの目から涙がぽろぽろ零れ落ちてアスファルトで跳ねる。涙は透き通っていた。
 嘘だよ、わかってる。そんなに澄んだ涙を流せるメリーは、自分勝手じゃない。本当に私を心配しているんだ。

 でも、傷つけたいんだよ、私。あなたは純粋すぎるの。
 他の人に傷つけられるなら、私が傷つけたい。そうして、最後には見捨てられたい。

 今度は蓮子がメリーに迫った。

「嘘ばっかり言わないでよ、私の傷なんか、あなたは知らないんだ」
「ちがう、ちが、う……!」

 メリーはじりじり後ずさるが、蓮子は彼女を旧いビルの壁に追い詰める。

「違わないよ。だって、私――」
「やめて、れん、こ!」

 蓮子はメリーの両手を捕まえて、それを彼女の頭上に持っていく。

「あなたを目茶苦茶にしたい。私がやられた分だけ、同じ痛みを感じてよ」

 違う、本当は傷つけられたから傷つけたいわけじゃない。こんなみすぼらしい私にしたのはあなたで、あなたが憎いのは本当だけど。
 好きだから、傷つけたいんだよ。やっぱり、私はあなたが好き。

 ◆

 蓮子は乱暴にメリーに唇を押しつけた。

「んんんっ!」

 メリーのうめき声がたまらなく心地いい。目を見開いて、息がうまくできずに苦しむ彼女の姿が、頭の後ろをぞくぞくさせる。
 唇を離してもう一度押しつけようとすると、メリーが顔を逸らした。だから、右手で彼女の両手首を握り直して、左手で顎を掴む。

「ほら、逃げないでよ」

 ぐいと顔を自分の方に向けると、涙でぐしゃぐしゃになったメリーがそこにいた。胸を真綿で絞められるような感覚が蓮子を襲う。
 もう一度唇を、今度はそっと触れさせた。

「んふぅ……」

 自分の唇の間から吐息が漏れる。メリーの柔らかな唇の感覚が心臓を束縛し、むずがゆさが子宮を刺激する。唇を軽く吸い、歯を立てて少し力を入れると、何かがかすかに切れた。

「いぎっ――」

 メリーが激しく身悶えするが、その叫びも蓮子の唇の間へ吸い込まれていく。蓮子の口内に流れこむ血の味は濃くてあっさりとしている。
 綺麗。男に汚された私とはもう、決定的に違うのよね。

 キスを激しくしていく。舌を無理やり押し込んで、メリーの口内を蹂躙する。同時に左手をゆっくり下ろして、彼女の胸元を優しく触った。
 二人の喘ぎが濃密になる。頭の神経はとっくに壊れて、感じるものは全部夢現の境界をさまよう。外はもう肌寒いくらいなのに、体は火照りっぱなしだ。胸もあそこも頭も指も唇も、全部。

 やがて、息が切れて蓮子は唇を離した。メリーが声もなく涙を流し続けているのが見えると、胸の深くから重いものがせり上がってくる。

「に、くい」

 かすれ気味にもう一度言い放ち、胸に軽く触れていた手に力を入れる。痛みにメリーが顔を歪めた。

「やめて、もう、やめて……よ!」
「やだ、もっと傷ついて」

 手を胸から下ろして、スカートの裾へ伸ばす。

「いやっ!」

 彼女が本気で逃げようとするのを先回りするように、唇を重ねて呼吸を奪った。抵抗が弱まるのを見ると、メリーがマゾなんじゃないかと思ってしまう。気持いいのかな、メリーも。
 メリーの声に反応する人間はいなかった。この横道だけ世界から切り離されたように、人の気配がなかった。風も吹いていない。

 膝を彼女の脚の間に割り込ませる。左手をスカートの中に入れ、太ももの輪郭を人差し指でなぞっていく。メリーの内腿が震える。さらに奥へ指を進めると、熱いショーツにたどり着く。

「……っ」

 ショーツの上から指を割れ目に沿って這わせると、メリーが唇を離して息を呑んだ。身体全体の震えを押さえ込んでいるようだった。ショーツがじわりと湿る。

「なんだ、感じてるじゃない」
「やめて……違うの……」
「濡れてるのに?」

 同じところに指を行き来させるだけで、メリーの吐息と頬に色が灯る。痛みと快楽が混じった表情が艶っぽい。

「無理やりされて、なんだか気持ちよさそうね。処女のくせに」
「ぁ……ゃ……ちが……ぅ」

 メリーが弱々しく首を振るのを見るだけで嗜虐心がそそられる。いいよ、まだ折れないで。もっとあなたを傷つけて、私も傷つきたいんだから。
 しばらくはショーツの上からメリーの敏感な部分を柔らかく触り続けた。彼女はいやいやと首を横に振っていたが、ときどき我慢できずに喘ぎを漏らした。ショーツもしっとりと愛液に濡れてきた。

「……ぁ……ぁ、っ……ん……」

 ひどい、ひどすぎる。蓮子は自分の罪悪感に苛まされる。こんな方法でこれ以上傷つけたら、全部終わってしまうんじゃないか……怖い。

 そこまで思って、壊れた頭が不意に音を立てて動く。
 今さら何が怖い? もう、全部終わってるじゃない。だから、こうして彼女を犯してるの。嘘をついて、表の望みを欺いて、最もひどいやり方でね。
 あんな男にはすがっててもいいけど、メリーにはすがればすがるほどつらくなる。私に紐をつけたのはあの男じゃない、メリー。そして、その紐に少しずつ首を絞められる苦しみは死ぬよりもずっと深い。だから捨てられたいんでしょ? 今度こそ完全に。

 なら、切ってしまえ。そして遠くへ行ってしまえ。

「いっ、あ、あっ……!」

 メリーの腰が揺れた。蓮子がショーツの上から敏感な部分に爪を立てたのだ。メリーは歯を食いしばって強烈な刺激に耐えている。
 蓮子はショーツをずらして人差し指を彼女の中に入れた。しとどに濡れているそこは、滑らかに蓮子の指を受け入れた。

「もう、何も、言わせない」

 メリーの耳元で冷たく囁くと、彼女の震えが一層大きくなった。

 指を中でかき回し、出し入れし、内壁を擦る。その度メリーの喘ぎが高くなり、身体が震える。もう蓮子の指は愛液まみれになってしまった。蓮子自身のそこも濡れ、胸の中がぐちゃぐちゃに掻き回される。

 世界は醜くて暗い。断絶されていて、途方もなく遠い。メリーの喘ぎ声が高くなるほど、その思いは強くなっていく。

「ぅああ、あああっ、やああ……!」

 そろそろメリーが昇りつめる時が近い。
 ああ、もう終わり、ね。蓮子は痺れかけている右手をメリーの手首から離し、彼女の首にまわした。顔を金色の髪に埋めて荒い呼吸をする。メリーも蓮子の背中に腕を回した。彼女の吐息が耳元で奏でられ、蓮子の全身を狂わせる。
 あいつとのセックスよりも、絶対こっちの方が気持ちいいよ。本当だよ、メリー。

 メリー、好きよ、大好き。愛してる。だから。

「さようなら、メリー」

 指を膣壁に突き立てた。途端、メリーの身体に力が込められ、壊してしまいそうなほど強く蓮子を抱きしめた。

「っ――ん――っ!」

 かすれた声を上げて、メリーは絶頂を迎えた。びくびくと体が痙攣する。蓮子のあそこもひくついて、じわりと快感が身体に広がった。

 ◆

 力が抜けて地面にへたり込んだメリーを見下ろして言う。

「もう私に近づかないで。今度来たら、もっとひどいことになるよ」
「れ、んこ……」

 メリーの目からまた涙が溢れ出した。

「ひどい、ひどい……」
「ひどいのは誰だと思ってるの?」

 さめざめと泣くメリーの顔を覗き込んだ。笑ってもいない自分が蒼の瞳に映される。
 ひどいのは――メリーなんかじゃ、ない。やっぱり私だ……。
 もう少しでそう口を滑らせそうだった。けれど、歯を食いしばってその衝動を殺し、メリーに最後の言葉を突き刺した。

「ひどいのはあなたなんだよ、メリー。もう戻ってこないで」

 蓮子はメリーに背を向ける。懺悔、快楽、幸福、不幸――色々なことが頭をよぎった。けれど、小さく息をついてそれをすべて切り捨て、歩き出した。

 横道を抜けて大きめな通りに出ると、中年のサラリーマンが急に目の前を通り過ぎた。少し驚いて身を引いたが、彼はそのまま小さなビルの中へ消えてしまった。蓮子の目の前を様々な人たちが行き交う。子供、大人、男、女。
 未来はどこにもない。私が生きている現実がここにあるだけ。それが苦しい、哀しい。
 だから、絶望の底で横たわっている私はどこにも行かない。開いた古傷から真新しい血を流して、ゆっくりと死ぬだけ。
 メリーの処女さえ奪えない中途半端な私が、他に選べることなんてあるものか。

 彼の家に戻ろう。何も要らない。存在することさえ。

 蓮子は夜の京都へ溶けていく。

 
 
 


 
まさか続くとは思いませんでした。
時系列としては『ただれんこ』のあとですが、前作を読んでいなくても問題ないと思います。
もうひとつだけ、続きそうです。
 

初出:2011年12月1日

 


 

■裏話

創想話勢とツイッターやオフで「ダメな蓮子」談義で盛り上がってたのがきっかけでした。
あんまり流れをきちんと覚えていないのですが、「ひものれんこ」が出てきたあたりで、
この談議、『ただれんこ』の続きとして書けるんじゃないかと、気づいたのがいけなかったんですね。

『ただれんこ』(18禁です!)もダメな蓮子のひとつの姿として描きたいものを描けたと思います。
メリーと喧嘩して、すごく凹んで、消えたい、消えたい、と自分を呪いながら爛れた一日を過ごす。
ダメはダメなんだけど、まだ現実に立ち返るチャンスはあったんだと思います。

でも、『くずれんこ』になるとその一線を、蓮子は越えてしまいます。
男の家に居候して、処女も適当に喪失して、挙句、好きだったメリーを自分の手で傷つける。
そうすることがたまらないんだ――そんな気持ちがある蓮子。

当初は「ひものれんこ」にしようと考えていたのですが、直前で『くずれんこ』に変えました。
「クズへ崩れていく蓮子」のイメージを出したかったからです。
それが前作から、良くも悪くも変わった点です。

とはいえ、まだ本当のクズになりきってるわけじゃない、それがポイントです。
蓮子自身も最後にそう思っています。
本当になることはできるのに、なりきれないところが甘い。
クズになれない、それが本当のクズなんだ! というつもりで最後は書きました。

退廃的な蓮子を書いてみたかったのが、続きものになるとは思いませんでした。
続きを書くと、絶対前の雰囲気と変わってしまうから。
でも、衝動的に足を踏み出してしまったからには、最後まできちんとやりたいと思います。

とりあえず、ハッピーエンドにはならない、かな……。