東方創想話に投稿した『Worlds’ End With You』の原型になった短編SS。おそらく2009年の1月に書かれたものです。

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「なんだ、こりゃあ」

 魔理沙は玄関のドアを開けたまま、そこに突っ立ってぽかんと口をあけていた。
 彼女の前で、人形が流暢に腰を30度折り曲げ、スカートの裾を持ってお辞儀をした。ブロンドの髪が流れるように揺れた。
 魔理沙はあわてて人形にお辞儀を返した。けれど、その動きは人形よりもぎこちなく、背筋を突っ張ったまま、かくかくと頭を下げ、そのせいで帽子が床に落ちた。
 私は笑いを漏らした。

「あらあら。普段お辞儀をし慣れていないからこういうことになるのよ、魔理沙」

 魔理沙は苦々しげに帽子を床から拾い、深くかぶって言った。

「おいおい、アリスさんよ、こんな清楚なお出迎えを誰がリクエストしたんだ?」

 魔理沙はドアを閉めて、人形を見つめながら言った。

「お前にしてはずいぶん悪趣味じゃないか、人形に出迎えさせるなんて。どういう風の吹きまわしだ?」
「風の吹きまわしね……確かにそうかもしれないわ」

 私はリビングの方に魔理沙を手招きした。

「とりあえず、紅茶でも飲みながら話をしましょう」

 魔理沙は少しばつが悪そうな顔で私についてきた。さらにその後ろで人形がフワフワと私たち二人のあとについてきた。

 椅子に座って私と魔理沙は向き合った。私の横で人形が浮いている。魔理沙は私の顔を見て、人形を見て、それから一つ深呼吸をして言った。

「まあ、いろいろ訊きたいことはあるけどさ、まずはその人形だ。今までの人形とは違うよな? なんなんだ、その人形」

 魔理沙がそのことを最初に訊いてきて、私は大いに満足を得た。微笑みを浮かべながら、魔理沙の問いに答えた。

「自律人形」

 魔理沙は目を見開いて、「本当に?」と私に訊いた。「嘘をつく理由がないじゃない」と私は返す。

「そりゃあ、まあ、なんていうんだ……すごいな、アリス」
「ありがとう。驚いてもらえてなによりよ」
「さすがに驚くぜ。今まで散々苦心していたもんな」

 私はいったん会話を中断して人形に言いつけた。「紅茶を入れてきてちょうだい」。人形は黙ってお辞儀をして、キッチンの方に向かって空中を滑っていった。
 魔理沙が怪訝な顔をして人形が向かっていく様子を眺めていた。「どうしたの、魔理沙」と私が訊くと、「いや、何でもないさ」と返した。

 しばらくして、紅茶のポットと二つのティーセットをお盆に載せて戻ってきた。そして、二つのティーカップに紅茶を注いでいく。その香りを胸一杯に吸い込み、心地よさを体全体で味わった。けれど、魔理沙は怪訝な目のまま、人形の様子をじっと観察していた。
 人形は紅茶を入れ終わると、私と魔理沙にお辞儀をして、テーブルから下がった。私は紅茶の入ったカップに手を伸ばし、魔理沙にもそうするように目でうながした。

「さて、人形が淹れた紅茶を味わってみましょうか?」
「……ああ」

 そして私たちはカップに口をつけ、紅茶を啜った。
 紅茶にはトゲがなく、すっきりとしていてまろやかだった。とても円い匂いがして、私は目をつむってそれを堪能した。私が淹れる紅茶と同じくらい、それより少し劣るかもしれないが、美味しい紅茶だった。はあ、と私は甘い吐息を漏らした。

「うん、とても美味しいわ。魔理沙、どう?」

 魔理沙は紅茶を黙って見つめ、もう一口啜った。ずずず、と醜い音をたててそれをすべて飲み乾した。それから、ふう、と息を吐いて、言った。

「なるほどな」

 人形を見ながら言う魔理沙に、私は首をかしげた。どこに魔理沙が感心しているかがわからなかった。魔理沙は私に向き直りながら言う、「確かに美味しい紅茶だ」。

 空になったカップに人形が新しい紅茶を注いでいく。魔理沙が私に訊いた。

「この人形、いつ作ったんだ?」
「先週の月曜日から。といっても、人形自体を作ったのは土曜日なんだけれど」
「一週間でか?」
「構想自体はかなり前からあったのよ。思いきって作りはじめたら、一週間で出来上がったから、私も驚いてはいるけどね」
「はあ、そういうもんなんかね」
「月曜日から金曜日は人形のための環境を作った……そうね、人形のエネルギー源とか、住む場所とか。土曜日に人形を作りあげたわけ」
「たった一日で、自分で判断できる能力を作れたのか?」
「簡単なことだったわ。自分でエネルギーを補給する、自分が壊れそうになる前に新しい自律人形を作る、私の言うことに従う。この三つさえ整えば、自律人形の能力はすべて完成するの。細かいところはともかく、基本構造はそんなところ」
「なんというか、簡単だな」
「昨日の日曜日は、さすがに疲れがたまって一日中寝込んでいたわ。だから、月曜日の今日にあなたに見せることなったわけ」
「日曜日は休んだ、か」

 魔理沙がそう言って鼻を鳴らしたところで、人形がアップルパイを持ってきた。皿の上に載った小さなアップルパイを人形が重たそうに運んで、テーブルの上に置いた。
 魔理沙が訊いてきた。

「これも人形が作ったのか?」
「ううん、これは私が作ったものよ。今日の朝に焼いておいたの。さすがにこの人形にこれを作らせるのはまだ難しすぎるでしょう?」

 人形からナイフを受け取り、私はアップルパイを切り分けていった。ナイフは至極あっさりとパイをばらばらに分解した。

「この人形にも学習機能があるから、そのうち作れるようになると思ってるけどね」

 大皿からパイをひときれ取り、それを私と魔理沙の小皿の上に載せて、それぞれのところに置いた。魔理沙がぶつぶつと何かをつぶやいている。

「リンゴパイ、リンゴパイ……偶然か、これは?」
「魔理沙、これはアップルパイ。リンゴパイなんて田舎っぽい名前じゃなくてよ」
「それはわかっているさ。ただ、なあ……」

 しきりに首をひねりながら、魔理沙はパイを手に取り、それを食べはじめた。それからすぐに紅茶を飲んで、パイを胃に流し込んだ。それから、また一人でつぶやいた。「ふうん、この紅茶とパイはひどく似ているな」。

「魔理沙……あなた、さっきから何を言ってるの?」

 魔理沙は紅茶を見つめながら、私に訊いた。

「アリス、さすがにこの紅茶はアップルティーじゃないよな?」
「え?」

 私はひどく驚いた。魔理沙の言うとおり、人形に淹れさせた紅茶はアップルティーだ。最近、私が気に入って、よく飲んでいるのだ。

「いえ、あなたが言うとおり、これはアップルティーよ」
「ああ、そうだったのか? 私は紅茶にはあんまり詳しくないから、わからなかったが……そうか」

 そう言って魔理沙は深いため息をついた。それから、何かを思案しているかのように、目を空中に泳がせた。何かを言うか、言うまいか、それを悩んでいるようだった。それは魔理沙にしては珍しいことだ。
 それから、アップルパイをもうひときれつかんで、言った。

「なあ、パイっていうのは基本的には円いだろう?」
「ええ、まあ、そうね」
「何て言えばいいのかね、パイを作り終えてしまえば、それはもうパイでしかない、だろう?」
「ええ、そうね」

 何を言いたいのか、私にはよく呑み込めず、ただ「ええ、そうね」としか言えない。魔理沙は少し躊躇してから、言った。

「作り終えれば、もうそれでおしまいだ。それ以上になれない」
「ええ、そうね」
「パイ作りは暇つぶしでしかない。ある意味芸術品、ある意味娯楽。そんなところだろ?」
「ええ、まあ」

 それから、魔理沙は食べかけのパイを私に見せた。

「ただな、このパイ、リンゴが中に入ってるだろ?」
「ええ、まあ」
「これがどういうことか、わかるか?」

 やっぱり、魔理沙の言いたいことがわからない。いつも歯にもの着せぬ言い方をするのに、どうして今日はこんなに回りくどいのだろう。
 私は魔理沙の問いと、それから魔理沙の真意を掴もうと頭の中でもがいた。だが、結局は何もわからない。あきらめて、私は言った。

「さっぱりわからないわ」

「グリモワール」と魔理沙が言った。「結局、魔法使いのお前はそこから抜けることができないままか」

 私は黙り込んだ。魔理沙の真意の尻尾を掴んだ気がする。魔理沙はパイの端を噛みしめ、それを思いっきり食いちぎった。

「ああ、やっぱりこの部分がたまらないね。私は、パイの醍醐味は中身と端っこにあると思うぜ」

 魔理沙に食いちぎられたパイの形はひどく歪んで、醜く見えた。もっときれいに、それこそ円い形を残したままでもいい、と思うのは私だけなのだろうか。

 それから私たちは他愛もない話をした。もうすぐある例大祭で何をしようか、珍しいキノコの調合方法をどうするか、そんな、誰にでもできる話。人形は私たちの横で黙ってその話を聞いているだけだった。

 夕方になった。魔理沙は椅子から立ち上がって、言った。「そろそろ帰らせてもらうぜ」。帽子をかぶり、箒を手に持った。
 大皿にアップルパイがひときれだけ残っている。私はそれが妙に気になり、魔理沙に訊いた。

「魔理沙、最後にこれを食べていったらどう?」

 魔理沙は振り返って、それからにやりと笑いを浮かべた。

「いや、私は遠慮しておくぜ。そいつは私以外の誰かが食べるべきだな」

 それから、思いだしたようにつづけた。

「そういや、アリス。この人形に口をつけた方がいいんじゃないか?」
「え、私は要らないと思ってつけなかったんだけど……どうして?」
「そりゃあ、こんな美味しいアップルパイを人形にも食べてもらいたいからさ」

 魔理沙はドアをあけて、それから一度振り返って、言った。

「足掻けるなら足掻きな。それが、お前たちの本当の生き方だぜ」

 それは人形に言っているのか、それとも私に言っているのか、私にはわからない。魔理沙は笑ったまま「じゃあな」と言って、ドアを閉めた。
 部屋には私と人形が残された。人形はドアの方をじっと見つめていた。私はひとりごちた。

「人形に口をつける、か。今度やってみようかしら」

 なぜだか自分ではよくわからなかったが、魔理沙の助言を聞き入れてもいいような気がした。
 ふと、喉が渇いた。私は人形を手招きして、言った。

「新しい紅茶を淹れてちょうだい」

 人形は私にお辞儀をして、空になったポットとカップをお盆に載せて、キッチンに行った。すぐに人形は戻ってきて、ティーカップに紅茶を注いだ。私はそれをゆっくり、ゆっくり味わった。
 最初に淹れた紅茶とは違い、トゲがあり、それが私の口内を刺激した。少し苦くて、私は顔をしかめる。さっき淹れた紅茶の味はどこへ行ってしまったのか。私は人形に振り向いて、言った。

「ねえ、これ、ダージリンじゃない?」

 人形は私を見た。それから、ゆっくりとうなずいた。私はそれが気に入らなくて、一気に紅茶を飲み乾した。空になったカップに、人形が新しい紅茶を注いだ。

 グリモワール、週末、リンゴ、自律人形――。

 もしかしたら、この自律人形は完成していないのかもしれない。いや、完成していなかったのかもしれない。完成のためには、二つのピースが足りなかったことに、今気づいた。
 そのうちの一つを、魔理沙がこの人形に埋め込んだ。それはぴったりとはまり、今、人形はダージリンを淹れたのだ。最後のたった一つを、私がはめ込むだけでこの自律人形は本当の完成を迎える。
 さて、この人形に口をつけようかしら、それともずっと穴は塞がったままでいいかしら。

 そんなことを考えながら、私は新しい紅茶を啜った。

 

 

初出:2011年1月24日