久しぶりに現代小説を読みました。
角田光代の『くまちゃん』。
人が人を好きになることは昔からずっと変わりませんが、
どんなかたちなのかは人によって千差万別です。
そして、同じ人でも人を好きになるかたちは変わっていく。
あらためて、そんなことを思わされた本です。
生まれたときから仙人だったケースを除いて、
誰しも一度は恋愛をしたことがあるのではないでしょうか。
初恋は幼稚園かもしれません。
中学生でキスをするかもしれませんね。
高校生で初体験ですか?(唐突なセクハラ)
あるいは社会人になって結婚に悩むこともあるかもしれません。
私も社会人になってだいぶ経ちますが、
まわりが結婚していくのを何度も見てきました。
というか、私の弟も今度式を挙げることになってます。
大学の同期は子どもが生まれました。
さて、私自身はというと、まだ結婚していません。
月並みな言葉になりますが、自身では「焦っていない」と思っています。
でも、やっぱり周囲でそういう人たちが増えてくるにつれ、
結婚や家庭を持つということを意識させられるのです。
そして、その気がなくても、自分が取り残されるような気もするのです。
「今の時代、結婚がすべてじゃない」――その通りだと思います。
結婚しなくても充実している人はいるし、
なんだったら定職に就いていなくても生きている人はいるわけです。
(色々難しいことは多いのでしょうが)
でも、どんなに時代が変わっても明らかなことはあります。
「結婚をしない」という選択は一人でできることです。
しかし、「結婚をする」という選択は、一人ではできないこと。
昔のようにお見合い婚が減る中、当人たちの意志がより大事になる。
そのとき、「人が人を好きになること」に向き合わざるをえないのです。
そして、大人になれば「好き」に「仕事」が否応なく絡んでくるのです。
この本の登場人物たちは、20代前半から30代後半。
少なくとも甘酸っぱい青春時代を終えているくらいです。
短編連作集で、それぞれ主人公が変わっていきます。
前半は20代で、芸術家やミュージシャンといった遠い憧れを胸に、
フリーター的生活を送る人たちが多い。
一方、後半になると30代で定職を持つ人たちが出てきます。
前半の彼らは、まだ青春を引きずっているのかもしれません。
「自分はこんなもんじゃない」と、甘酸っぱい期待を、
遠くにある眩い光こそが自分の未来だと勘違いもできます。
でも、30代になると、そんな眩い光は自分が胸の中で作ったものだと気づくのです。
それは将来ではなく、自分の中にしかない幻想。
そんな光に手が届く逆転満塁ホームランなんて、到底打てるものではないのです。
そういうことに気づき始めたとき、そして誰かを好きになったとき、
「自分とは何か、どんな仕事をしているか」が大きな意味を持つのです。
経済的な面はもちろんですが、自分の仕事を通じて何者になれるか、ということ。
「こんなことをしていていいのか」という葛藤が、後半では描かれていきます。
この短編集、登場人物たちがリレー的に、
ふった、ふられたという繋がりを持つというしかけもあります。
でも、それ以上に全編を通じて徐々に年齢を重ね、
登場人物たちの考え方が変わっていくのがリアルでした。
そして、私の年齢的にも、あるいは最初に書いた結婚観についても、
かなりど真ん中に球を投げられたような感覚すらありました。
そして、そのときに気づいたのは、
自分の中の恋愛観も変わっていた、ということでした。
少なくとも、以前書いていたような「誰かが誰かを好きになる」というだけでは、
大人は一緒に暮らしていくことは難しいのだな、と。
「私と仕事、どっちが大事なの」という典型的なフィクションの台詞は、
あながち嘘ではなく、みんなの体験の中にある気持ちの代弁なのだな、と。
社会人になるまでは、ただ好きでいればよくて、一緒にいられればよかった。
将来のことなんて遠すぎて考えることもできなかったと思います。
月収がいくらとか、将来のキャリアとか。
でも、大人になってそういうことを少しずつ理解してくると、
そんな自由奔放な、無責任な恋愛はできないのだと思っています。
好きになって、一緒に暮らすことを考えると、
相手の人生にも、そして自分の人生にも大きく踏み込むことになります。
そこには少なからず「責任」が伴ってくる。
言葉はなんであれ、そういうことを意識せざるを得ません。
だから、ただ好きだというだけでは、うまくいかないと思うのです。
大人の恋愛は、まっとうにいけばとてもつまらないものなのかもしれません。
だから、青春恋愛だったり、不倫だったり、
そういう純粋な気持ちを描いた作品は今でもヒットになるのだと思います。
でも、逆に考えれば、大人の恋愛はそれだけ真剣なんだと思うのです。
人を好きになることは、自分と真剣に向き合うことにもなるのだから。
それはつまらないようでいて、勇気があって力強いことではないでしょうか。
今回の『くまちゃん』を読み終えて私はそんなことを思ったのでした。