映画感想

映画感想「君たちはどう生きるか」~映像の魅力がすごい、テーマもすごい

「君たちはどう生きるか」は、プロデューサーの鈴木敏夫が一切宣伝せず、予備知識が少ない状態で観る前に不安を感じる方も多かったでしょう。しかし、この映画はその不安を裏切り、映像の魅力と大きなテーマに溢れた作品でした。

キービジュアル

私はジブリ作品が好きです、と言いたいのですが、実はちゃんと観ていない作品も多く。しかし、観た作品については漏れなく深い感情を抱いて大切な記憶として残すようにしています。数年前から「君たちはどう生きるか」が映画になると聞いて、その情報は逃さないようにしようと思っていました。

しかし、公開日を知ったのは、なんと公開三日前でした。私は普段からあまりテレビを見ないので、キャッチアップが遅れてしまったのだと思ったのです。

でも、それだけが原因ではなく、なんとこの映画自体、宣伝がほぼ皆無な状態のまま公開されたという経緯がありました。プロデューサーの鈴木敏夫氏が「宣伝を一切しない」と博打に出たことのこと。実際、テレビで紹介される時もワンシーンの静止画しか出てこないという異常自体。なんだそれ!? 彼曰く「面白い作品だと思った。だから、作品自体をちゃんと観てもらいたい」という意図があったようで。

しかし、正直私はとても不安でした。宮崎駿氏も歳で、鈴木敏夫氏も歳。経験があるのはわかるけど、本当に面白い作品になっているのか? そんな不安を抱えたまま、劇場に足を運んだのでした。

そして、実際どうだったのか? 正直、観終わった直後は「なんだったんだ……?」と困惑しっぱなしでした。とにかく印象に残ったのは、冒頭の火事のシーンと物量で攻めてくるシーンです。

まず「物量」。眞人が塔の中に入ってから、物量がとにかく印象的です。ペリカン、インコ、ワラワラ、紙。なんでこんなに物量で攻めようとするねん!と突っ込みを通り越して、もはやシュールな笑いになっているまでありました。私の勝手な想像ですが、作っている張本人たちも絶対笑っていたはずです。

こいつの存在も面白かった

そして、冒頭の火事のシーンは圧巻でした。これは眞人の母親が亡くなる悲劇的な場面でもあるのですが、同時にものすごく美しいと私は感じました。それは他の人たちが感想でもいろいろ述べているように、火の描き方と群衆の描き方にあるのだと思います。火がゆらめいて、その赤の濃さが刻々と変わる様子は、それまでのアニメーションでなかなか描けなかったものだと思います。そして、群衆の描き方もすごい。一人一人別々の動きをきちんと描きつつ、しかしその表情を窺い知ることはできない。眞人が他の人間に関心がないことも見事に描き出していると感じました。そして、眞人が駆け出して、群衆の輪郭が流れていく描き方も見事でした。美しく、同時にスピード感のある、とても悲劇的なシーン。これで一気に私は引き込まれました。

と、今作を終わってすぐに思った感想が上記の通りです。宮崎アニメは水の描き方だったりスピード感がすごい印象がありましたが、まさか物量でこんなにインパクトを残すとは思いませんでした。

さて、それだけで感想が終わってもいけないので、ストーリーとテーマの方を。

今回、眞人が暮らしていた現実と塔の中のファンタジー世界という二つの舞台があるのですが、それらがものすごく歪に、しかし調和もしているような、なんともいえない感じで融合しています。

しかし、意外にも物語の骨子はしっかりしており、眞人が孤独になることから始まり、ヒミとの出会いを通じて、眞人が世界との調和を取り戻すことが主軸であることは見失うことがありません。そういう意味では「風立ちぬ」よりもわかりやすくなっています。

夏子は力強いけれど…

ただ、問題なのはファンタジー世界の方で、とても壮大な世界でありつつも、まったく設定の詳細が語られず、私はこのファンタジー世界にほぼついていけませんでした。というか、今までの宮崎アニメにしては珍しく、世界地図がまったくわからないのですよ。

わかりやすいのはラピュタだと思いますが、パズーの家からラピュタという島に向かうまで、どのような道を辿っているかシームレスに描かれています。いやまあ、それが普通なのですが。空に浮かぶ島に向かうには、飛行物体に乗って高度を上げていくという過程を踏むわけですから。ところが本作は全然そうではない。あらゆる場所が描かれるのですが、その道中が描かれることが皆無なのです。

あるいは、とても印象的な生物「ワラワラ」にしてもそうです。彼らがどこに住んでいるのか、なぜ空に向かうのか、生まれるとはどういうことなのか。色々な断片は語られるものの、それらが体系的に説明されることはありません。

普通、ファンタジー世界を描く作品では、こういう独自設定を設けた場合はそれなりの理屈を通していることを説明するものです。実際、宮崎アニメでもそれなりに説明されているものも多かった。ところが、今回はそうした説明をほとんど放棄しています。語られることがあるにせよ、理屈がまるで通っていない。普通はダメなんですよ、これ。みんなが置いてけぼりになりますから。私も置いていかれましたし。

ただ、観終わってある程度考えた時に「今作はファンタジー世界の設定を語る必要はほとんどない」ということを思いました。なぜなら、先ほど述べたように、物語の軸がしっかりしており、おそらく語りたいことはそこに集約されているからです。逆にいうと、今作のファンタジー世界の設定を考察してそこにもっともらしい理屈を通したところで、テーマにあまり関係しないところへ帰結してしまうだろうと思います。

それでは、今作のテーマとはなんでしょうか?

この映画のメインテーマは「悪意ある世界で君たちはどう生きるか?」という問いなのだと、私は感じました。眞人は何かしらの結論を得て現実に帰還します。さて、この映画を見終わった観客たちはどうなのか?と。

この映画には明確に「悪意」が存在しています。それは戦争という大きなものもあれば、田舎特有の余所者に対する悪意、義母に対する悪意という小さなものまであります。真人が孤独を選んだのはそうした悪意と折り合いがつけられなかったからです。

しかし、キリコやヒミとの出会い、あるいは「君たちはどう生きるか」の本を通じて、彼の中で何かが変わっていきます。最初は父のためにやむなく夏子を探そうとしていたところを、一度は彼女に拒絶されても再度追いかけにいくくらいには。

そして、何もかも美しい世界にしようとしていた大伯父の誘いを断り、眞人は悪意ある現実に帰還していきます。それはつまり、悪意との折り合いのつけ方を彼が学んだということを意味しています。

「悪意」という形ではありませんが「トトロ」と近い部分があるな、と私は思いました。友人となった青サギが最後に「いつかおいらたちを忘れる」的なことを告げますが、大人になってトトロが見えなくなるのと近いものがあるなと感じました。「トトロ」は大人になるなることでトトロたちが見えなくなるという寂しい未来が垣間見得ていますが、今作はそうではなく、青サギたちが見えなくはなるものの、悪意と折り合いをつけて生きていくという強い意志を感じる終わり方になっています。

本当は。本当は、悪意なんてない世界の方がいい。それは誰だって思います。しかし、現実には自分だけではどうしようもない悪意がある。それは世界だけでなく、自分の中にさえ。そこで絶望して悪意のない世界に向かうのではなく、今の世界で決して消し去れない悪意を抱えながら生きていく。眞人はそうやって決めたのではないかと思います。宮崎駿氏も鈴木敏夫氏も、そうしたことを思いながらこの映画を作ったのではないかと思います。

当初、物量で攻める映画なのかと思いきや、最後にはきちんと現実と向き合わせるあたりが私にとっては面白かった。事前に宣伝を打たなくても、確かにこの映画は面白い映画だと思いました。眞人が悪意のある世界で生きていくのに対して、我々はどう生きるか? 改めて問いかけられた気がしました。

それにしてもワラワラ可愛かったなぁ~~~!!