今回はレイモンド・チャンドラーの小説『さらば愛しき女よ』を読んだ感想です。ハードボイルドという単語すらよく理解していないど素人によるふわっふわ感想です。逆に新鮮かもしれない。
私、いわゆるハードボイルド探偵小説というものを初めて読みました。私ときたら、仮面ライダーWの影響で「探偵=ハードボイルドだぜ!」というイメージしかないくらいの、ふわふわオムレツちゃんでした。しかし、読み終えて最初に驚いたのは、そんなイメージとかなり違う小説世界であったことでした。
改めて「ハードボイルド」とは、「暴力的・反道徳的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体をいう」(ウィキペディア調べ)。特にミステリーについていうと、思索型の探偵ではなく、行動的で情に流されづらい探偵の行動を描くことに主眼を置いた作風なのだとか。
なるほど、確かにこの物語を読むと、主人公マーロウはあらゆる場所に出かけて、いろいろな出会いと事件に巻き込まれています。ときには小金持ちのボディーガードをして、ときには富豪の妻から情報を引き出しに、といった具合です。でも、なんというか……最初に抱いた印象が、悪い意味ではなく「あ、これでハードボイルドなんだ」という感じです。
個人的には、もっとドライで寡黙で、なんだったら「この人でなし!」とか言われるくらいのイメージがありました。しかし、この小説でマーロウはいろいろな気持ちを抱いているし、特にうんざりして適当に人をあしらうシーンも多かったです。そして、ことあるごとにウィスキー飲む。ハードボイルドな探偵というか、うんざりしがちな酒クズ探偵みたいな印象です。すっごい人間くさい。むしろ、古典探偵小説のシャーロック・ホームズの方がよっぽどドライで人でなしですよ。あいつ、平気で非合法な手段で謎を解きますからね、うん。
確かに現代のどっぷり心情的に描かれた作品に比べればハードボイルドだと思います。マーロウはうんざりしがちですが、うじうじ悩んで行動しないシンジくんではありません。しかし、一人称で描かれている以上、ある程度探偵自身の心情が描かれるのはやむを得ないのかな、と思います。シャーロック・ホームズは、ワトソンくんの視点からホームズが第三者的に描かれるから人でなしに見えるわけですね。
さっきも書いた通り「私の思っていたハードボイルドではない」ことは悪くありません。わりかしマーロウの心情を理解できるので読みやすかったです。ウィスキー飲みすぎな点は理解できなかったけど。よくあれで運転できるな……。
個人的に残念だったのが、大鹿マロイの登場が少なすぎたことでした。最初にものすごいインパクトを残した分、途中で何度も遭逢するのだと思っていたのですよ。しかし、彼の痕跡だったり、一瞬視界に映ることはあったものの、マーロウと会話することはほとんどないままに物語が終わってしまうのです。本当にこれが悲しくて!
話として成立することはきちんと描かれているので、頭では理解できます。できますが、私はもっとマロイを好きになりたかった。彼の口から過去の出来事や、愛する女の話をもっと聞きたかった。そうした機会がないまま、あんな結末を迎えてしまったので、いまいちマロイにのめり込めなかった。その結果、この物語の終わりもさらっと流れてしまったような気がします。
これは、マロイが好きだからもっと描いて!という話だけでなく、物語としても勿体無いことだと思っています。そもそも「さらば愛しき女よ」と銘打っている以上、マロイが第二の主人公であることは明白。物語視点はマーロウであるにせよ、マロイをもっと描いていいと思うのです。そうすれば最後の悲しい結末もより印象的になったはず、と思わずにはいられません。ミステリーの巨匠に何言ってんねん、と我ながら思うし、執筆された時期や価値観もまるで違うのは承知です。でもなあ……惜しいと思う。本当、惜しい。
と、苦言を呈してしまいましたが、この小説が並の探偵ものと違うことは、探偵ものほぼ初見でも理解できました。そして、おそらくですが、この作品はハードボイルドの典型ではないのでしょうね。最後のマーロウがとった行動は、それぞれの人たちと接触したわずかな時間から導き出した最高のものだったと思います。決して最良ではないけれど、誰もが真実を受けとめられたはず。暴き方は衝撃的でしたが、それを拒絶した人はいなかった。そういう点では、人間臭さを通り越して、優しさに溢れている面が見れました。ソフト、オムレツみたいに、ソフト!
そして、読み終わって知ったのですが、これ「フィリップ・マーロウ」のシリーズものの一つだったんですね。本当に無知ですみませんね。そして、色々な創作でも言及される『ロング・グッドバイ』もそのシリーズの一つなんですね。
いやはや。私はハードボイルドとは程遠い、オムレツどころか生卵だったわけですね。ということで、少しハードボイルド探偵小説も読んでみよう、と思った今日この頃。